Badfinger covers

バッドフィンガー Badfinger の周辺をいろいろと... Badfinger の曲をカバーした人とか、ちょっと関わった人とか 外周を遠回りに巡ってます

Music_Life






[Magazine] ミュージック・ライフ Music Life (August 1974)

ミュージック・ライフ Music Life (August 1974) 
 
London Report (early June, 1974) 
ロンドン・ロック アドベンチャーるぽ 
 
Soon to be out!  Badfinger's new album 
ニュー・アルバムをレコーディング中、バッドフィンガー 
Music Life (August 1974) a
日本から帰ってすぐ Badfinger のプロデュースに取り組むという多忙な Chris Thomas (r) 
 
深夜のレコーディングに張り切る Badfinger の面々 (AIR Studios) 
Music Life (August 1974) b
 
Badfinger:   Chris Thomas を今回もプロデユーサーにむかえ、ジェームス・ガルシオのカリブ・ランチでレコーディングした Badfinger は、London の AIR Studios で最終段階のレコーディングにとりかかっていた。4人共気のいい連中といった感じで、和気あいあいのうちにレコーディングは進められていった。 
 
Music Life (August 1974) Badfinger
Music Life (August 1974)
 
cover: Keith Emerson 
Music Life (August 1974) cover
 

★★★★

[Magazine] ミュージック・ライフ Music Life (May 1972)

ミュージック・ライフ Music Life (May 1972) 
 
Badfinger バッドフィンガー コンスタントにヒット曲を生んでいる堅実なグループ。
Music Life (May 1972)
 
cover: Alvin Lee 
Music Life (May 1972) cover
 
Music Life (May 1972) cover b
Badfinger was going to visit Japan too! 
Q: What do you think about Badfinger? 
Barry Gibb: Sounds good. I like new song (Baby Blue). The reason I like is very simple, is it melodic? It's not heavy. When I first heard this song, I thought it was for hit charts. Oh yeah, they planned to come with us to our Japan tour, but they could not get visas. They are really good guys.
 
1972年1月の前売り開始広告 
Bee Gees 1972-01 前売開始新聞広告
 

★★★★

[Magazine] ミュージック・ライフ Music Life (August 1971)

ミュージック・ライフ Music Life (August 1971) 
 
Badfinger  「嵐の恋」に次ぐヒットが待ち遠しいバッドフィンガー 
Music Life (August 1971)
Music Life (August 1971) b
 
cover: Grand Funk Railroad 
Music Life (August 1971) cover
 
NEON
 

★★★

[Magazine] ミュージック・ライフ Music Life (March 1970)

ミュージック・ライフ Music Life (March 1970) 
 
がんばってます 
Music Life March 1970
Apple から Maybe Tomorrow を大ヒットさせ、その後の活躍があまりかんばしくなかった The Iveys がBadfinger とグループ名を変えて image change を計りました。メンバーも日本ではすっかりお馴染みの ex-Rain の Joey Molland が加わって、Magic Christian の主題歌 Come and Get It をリリースさせてがんばってます。
 
がんばってます (Quicksilver Messenger Service / Badfinger / New Love Affair / Dave Clark Five / The Box Tops / The Spencer Davis Group) 
 
 
Cover: Janis Joplin 
Music Life March 1970 cover
 

★★

ピート・ハム Pete Ham (April 1975)

[News a la carte]   バッドフィンガーのピート・ハムが自殺! 

Pete Ham が突然他界してしまった。それも自殺というショッキングな死だ。
Pete Ham といえば、Badfinger のリーダーとして多くに知られており、Nilsson が大ヒットさせた Without You の作者としてもお馴染みの人。 George Harrison にバックアップされてのデビュー以来、これまでも数々の楽しいポップ・アルバムを発表して耳を楽しませてくれていた。

ところで、自殺の動機だが、伝えられるところによると、先に行なったアメリカ公演の評判があまり芳しくなかったことをひどく気にしてのことだという。ノイローゼ状態の果てに自殺を図ったらしい。そして、自宅のガレージで首をつって死んでいた彼を発見したのが、彼のガールフレンドだったそうだ。
Pete の死は、単にミュージシャンの死というだけではなく、ロック・ビジネスの断面を見る思いで、考えさせられるものがある。     [Music Life, June 1975] 
Music Life June 1975
 
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[News]   Pete Ham (27)

Badfinger のギタリスト、シンガー、ソングライターの Pete Ham が4月24日、自宅で首つり自殺した。彼は Apple から Badfinger としてデビューする前、 Iveys と名乗っていた頃からの中心人物のひとりで、Nilsson の歌でヒットした Without You の作者でもある。     [New Music Magazine, July 1975] 
New Music Magazine July 1975
 
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ピート・ハム、 その謎の死の真相を究明 

Pete Ham は、毎日、指折り数えながらハム2世の誕生を楽しみにしていた。だが彼は1週間後の28歳の誕生日を目前にして、自分の家のガレージを改造したスタジオで27歳の生涯を自ら終えてしまった。

去年の11月に、manager との金銭的な問題で Badfinger を辞めた Joey Molland (guitar) は、Los Angeles で新しくバンドを結成し、solo album をレコーディングしようとしている時に、親友 Pete の急死を知らされ、あわててアメリカ人の妻と一緒にイギリスに戻ってきた。葬儀は、Badfinger のメンバー、Pete の家族(ガールフレンド)だけで静かに行なわれた。が、しかし奇妙なことに、manager の姿は参列者の中にはなかった。

一言で Pete が自殺した原因といえば、manager と金銭的な問題でうまく行かなくなって、彼が行き詰まってしまったということだが、彼をデビュー時代から知っていたカメラマン (Christian Treiber ?)などは「彼は人が良すぎて、おとなしくて、ショービジネスの世界には向いてなかった」とも言っている。また、2年前 Badfinger がアルバムをレコーディングする時に、Warner Brothers の Press Officer としてよくメンバーとパブに飲みに行ったりして面倒をみていた Charlie McCutcheon 氏は「Pete はミュージシャンとして才能のある男だったのに、自分の持っている才能を充分に発揮しないうちに死んでしまったので、すごく惜しい気がする」と残念そうに語ってくれた。

Badfinger の内でただひとり、Gary Walker & The Rain のメンバーとして1968年の日本に行ったことがある Joey Molland は、偶然にも私が Gary Walker に初めてインタビューした時のことを覚えていてくれた。Joey が Badfinger に加入したきっかけは、日本に行った後、The Rain が金銭的な問題で解散。ちょうどその時に Cream の Tour Manager だった Bob Adcock から「Badfinger のベース・プレイヤーが辞めるので加わらないか」と、リバプールにいた彼に電話があったからだそうだ。Joey が Pete に初めて会った時の印象は、口数は少ないが、人に対する優しさの中に、どこかインテリジェンスを感じさせる男だったそうだ。また、メンバーでよく飲みに行ったが、普段はおとなしい Pete が酔うと陽気になって冗談をとばし、みんなを笑わせたりして、グループのピエロのような存在でもあったという。

1971年の Day After Day の大ヒットをきっかけに、4年間に7回もアメリカ公演を行なっている。同年、George Harrison が開いた The Concert for Bangladesh でも Badfinger は演奏したが、もう既にこの頃から、グループの金銭的なトラブルは始まっていた。Pete は金銭的なことで manager とはうまく行かず、密かに自分ひとりで Badfinger の将来を心配していたらしい。彼は最近、ガールフレンド(Anne Ferguson) と生まれてくる子供のために、サリーに家を買って、ガレージを改造してスタジオにしたり、新しい家を住み良くするために大工仕事をやっていたという。時々、グループのメンバーであり、Pete の一番の親友であった、近くに住む Tom Evans とパブに飲みに行くと「家を買って改造したりして、銀行にあるお金を全部使い果たしてしまったし、アメリカにいる manager からの毎月の送金が、もう2ヶ月間も毎日待っているんだけど、何の連絡もないんだ。一体、Badfinger はどうなっちゃうのかね。どんなことがあっても解散したくない。僕の人生は音楽=Badfinger だよ」と、Tom に語っていた。

Pete が死ぬ前の夜、ちょうど Tom の家で飲んでいたが、その時、毎日首を長くして待っていたアメリカにいる manager から電話があった。それは「もう金がないので送金を打ち切る」という、Pete が予想もしていなかった悪い知らせだった。その後、Pete と Tom は「どんなことが起こっても、Badfinger だけは絶対に解散させないで頑張って行こう」とお互いを励まし合い、Tom は Pete を家まで送って行った。次の朝6時、Tom のところに Anne から「Pete が自殺した」という電話があり、急いで彼の家に行ったが、既に彼はスタジオの中で冷たくなっていた。

Badfinger 最後のアルバム Wish You Were Here は、アメリカでは去年発売されているが、イギリスでは近いうちに発売される予定だ。最近、Joey と Paul McCartney がロンドンのホテルで飲み明かした時に、Paul が「Pete のためにも Badfinger を解散させないで続けた方がいい」と励ましたそうだが、Badfinger の今後がどうなるかは、未だはっきりしていない。   - COCO     [Music Life, July 1975] 
Music Life July 1975
 
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ピート・ハム Peter William Ham (April 27, 1947 - April 24, 1975) 

Pete Ham
 
 
梁に結ばれたロープの端はピートの首に結ばれており、身体は部分的に床に落ち込んでいた。その横には木製の椅子とドラマー用の椅子が倒れており、半分残ったワインのボトルもあった。アンがピートの音楽ノートに残された遺書を読んだのは、遺体発見から1時間半後だった。  

 

[Magazine] ミュージック・ライフ Music Life (August 1972)

ミュージック・ライフ Music Life (August 1972)
Music Life 1972-08
mini news
Badfinger からドラマーの Mike Gibbins が抜けるという噂が出ています。彼がアメリカ公演への同行をいやがったことから本格化したこの噂は、火のないところから煙は立たない のことわざ通り、あながちデマでもないようです。
 
 
Martin H. Samuel
4度目のUSツアーの開始1ヶ月前、Mike Gibbins が一時 Badfinger を抜けた時(May - Jul 1972)、オーディションを受けたひとり。
 
When Badfinger were auditioning for a Mike Gibbins replacement, Martin managed to snatch defeat from the jaws of victory by failing to own up to being a songwriter. He'd been conditioned into believing bands didn't want song-writing drummers so, when asked by Pete Ham, he denied he was skilled in such ways not knowing that they wanted an all-writing band.
 

★★
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